読み書き

読んだものについての覚書

『吾輩は猫である』(インクナブラPD)夏目漱石

言わば小説化された文明批評のエッセイなので、物語と呼ぶべきものは問題にならない。語り口の妙があって、言葉を乗せる文章の連なりが素朴に愉しい。明治人の文体センスによる機智と諧謔漢語と和語が音読に適するリズムで織り込まれながら綴られる様子は、「講談調」とでも言えばいいのか。

狂言回しとしての猫が一人語りして陳述する文明批評よりも、むしろ登場人物間のああだこうだのやり取りのほうが、より生身に即した機智と諧謔を感じさせて活き活きと弾んでいるように読める。少なくともここでの夏目漱石は、レトリックにもがいているというよりは、それと軽妙洒脱にたわむれてみせている。

敢えてドスト氏と比べたるなら、ドスト氏の世界観にとっての留め金は「神」だろうが、夏目氏の世界観にとっての留め金は「死」だろう。異なるのは、「神」はドスト氏の描き扱うロシア社会にとっては共通問題だったが、夏目氏の「死」は飽くまで個体にとっての実存問題でしかあり得ないことかも知れず。