読み書き

読んだものについての覚書

『マラルメ詩集』(岩波文庫)ステファヌ・マラルメ(著)、鈴木信太郎(訳)

如何にも教養主義的な、しかつめらしい旧字体の漢字が並ぶ訳文。でもそれはそれで今読んでも味わいがあるように感じる。今の書き手がこれをやれば、むろんわざとらしさしか印象づけられまいが、これはこれで翻訳された当時の知的文物に投影されるイメージの傾向性を示しているように思える。その傾向性が全面的に欺瞞的なものとは思えない。
解説にも、「音楽的」の文言が時折出て来る。つまり、音として口を通して、読まれる、語られる、あるいは歌われることこそがその本来のありようとしてつづられている言葉ということなのかも知れず。(だとしたらやはり原語で親しめなければ本来の体験にはならない。)

「詩」だの「詩人」だのが、範疇や職業として名付けられ、名乗られ得るものだということが自体が奇妙なことのようにも思えるが、本来は裸で世界と、そしてそれを模索して産出する言葉と、満身創痍になっても向き合う覚悟を生きられる人間だけが、その名付け、名乗りに値するものだったのかも知れず(そのころ、そこでは)。言葉はけっして個人だけのものではないが故の、逃れられざる創痍。