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読み書き

読んだものについての覚書

『宮本武蔵』(青空文庫)吉川英治

序、はしがきから、地の巻、水の巻、火の巻、風の巻、空の巻、二天の巻、円明の巻まで、青空文庫で全8巻。巌流島での決斗を決着するまでを描く。 1935年から39年にかけて朝日新聞で連載されて戦雲ちかしい当時の時代的な空気の中、大人気を博した作品とのこ…

『この世界の片隅に』(双葉社)こうの史代

こうの史代という作者は飽くまで「漫画」を描く人だと。「漫画」は「映画」でもなければ「文学」でもない。またやっぱり「アニメーション」でもない。平面の紙面上にコマを割って、その内外に事物や人物を描き込んで、何がしかの時制に則った物語りをしてみ…

『野分』(インクナブラPD)夏目漱石

「坊っちゃん」に理智をくわえて世渡りを試みる大人にしたような道也先生に始まり、かつてその生徒だった貧乏書生の高柳君、富裕なその友人の中野君、あるいは道也先生や中野君の細君をも交えて話は進む。世間を席巻する「金」の道理に対する率直すぎる反感…

『草枕』(インクナブラPD)夏目漱石

仮想的な「画工」を狂言回しにした芸術論エッセイ。体裁は一応の筋書を有した小説だが、少なくともこの小説の書き手はエッセイストでしかない。本物の「画工」は労働者だろう。芸でも術でも、観念的な境涯に立つだけで成り立つもんではないのじゃないか。こ…

『坊っちゃん』(インクナブラPD)夏目漱石

文体は軽快。 気になるのはどうしてこんな人物を主人公に仕立てたかということ。直情径行を画に描いたような人物。まさしく画に描いたような。坊っちゃん、一人称で物語の主人公になっているが、あまり深刻に考えないで、只管馬鹿正直を貫く。周囲のアクショ…

『カーライル博物館』(インクナブラPD)夏目漱石

博物館訪問の短い紀行文。カーライルというのは有名な歴史家・評論家らしい。そんなことも知らんで読むが、面白いのはやはり語り口。畳みかけるような言葉の継ぎ方。冗語的になりそうなことも恐れず句読点を越えて文句を重ねて連ねる。接続詞をなるたけ省い…

『倫敦塔』(インクナブラPD)夏目漱石

夏目漱石が、倫敦塔の記憶を頼りに描く、幾幅もの幻想画。漱石が、生きねば、生きねばと直截な文言を連ねるのは意外。ここでの漱石にとって、「生きねばならない」という命題の基礎となるのは、思うとおり思うようにならざるまま生きることを強いられる、死…

『あもくん』(角川書店)諸星大二郎

「ことろの森」負ぶっている子供がいつの間にか何かべつのモノへとすり替わってしまう、という、民話伝承などにありそうな話。従妹の女の子から「あもくん」と呼ばれる守と言う名の男の子。子供は大人とはべつの生き物かも知れないという直観。 「あもくん」…

『小津安二郎先生の思い出』(朝日新聞社)笠智衆

記者の聞き取りから起された文章とのことだが、どうしてもあの独特のイントネーションが文章の向こうから聴こえてくるような感じがしてしまう。 謙遜する人柄とは言え、やはり九州男児という感じで、朴訥な中にも最低限の「男」としての矜持は忘れないような…

『吾輩は猫である』(インクナブラPD)夏目漱石

言わば小説化された文明批評のエッセイなので、物語と呼ぶべきものは問題にならない。語り口の妙があって、言葉を乗せる文章の連なりが素朴に愉しい。明治人の文体センスによる機智と諧謔。漢語と和語が音読に適するリズムで織り込まれながら綴られる様子は…

『ウィトゲンシュタインセレクション』(平凡社ライブラリ)黒田亘(編)

ウィトゲンシュタインには、自分は哲学の仕事をしている人間だという自覚はある。だがそれが相当際どい仕方で際どい場所での仕事だったと思われ、逆に「哲学」という制度的な社会通念にまもられていなかったなら、常人的感覚からしてそれは変人のパフォーマ…

『論理哲学論』(中公クラシックス)ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン(著)、山元一郎(訳)

ここで案出されている独自の論理学的術語にはまずどうしてもなじみ難い。とくに論理式はほぼ全く解らずと言ってよい。 個人的な読みとして、やはり「世界」という(それ自体はそうとしか言いようもないような)実体を基盤にしてしか、その鏡像としての論理学…

『ウィトゲンシュタイン「論理哲学論考」を読む』(ちくま学芸文庫)野矢茂樹

『論考』の独我論に関する議論、それについての著者の理解には自分には疑問がある。少なくとも『論考』のウィトゲンシュタインはけっして著者の言うような「意味の他者」を拒絶するためにそれを考え抜いたのではなく、むしろ受容する為にこそ考え抜いたのじ…

『マラルメ詩集』(岩波文庫)ステファヌ・マラルメ(著)、鈴木信太郎(訳)

如何にも教養主義的な、しかつめらしい旧字体の漢字が並ぶ訳文。でもそれはそれで今読んでも味わいがあるように感じる。今の書き手がこれをやれば、むろんわざとらしさしか印象づけられまいが、これはこれで翻訳された当時の知的文物に投影されるイメージの…